【小説】行人(夏目漱石)

死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教に入るか。僕の前途にはこの三つのものしかない。

後期三部作と言われる「彼岸過迄」「行人」「こころ」は、これまでの作風と変わり、人間の内面(エゴイズム・孤独)を深く掘り下げた作品とされています。また、個々の短編を重ねた末に、その個々の短編が相合して一長編を構成するという独特な書き方となっています。

学問だけを生きがいとしている一郎は、妻に理解されないばかりでなく両親や親族からも敬遠されている。孤独に苦しみながらも、我を棄てることができない彼は、妻を愛しながらも、妻を信じることができず、弟・二郎に対する妻の愛情を疑い、弟に自分の妻とひと晩よそで泊まってくれとまで頼む…。「他の心」をつかめなくなった人間の寂寞とした姿を追究して『こころ』につながる作品。(「BOOK」データベースより)

 

  • 感想

後期三部作の1作目「彼岸過迄」に登場し、愛する幼馴染に恋敵が登場しつつも行動に移さず傍観するだけで嫉妬の炎を燃やす「須永」の後進が、「行人」における「一郎」ではないでしょうか。

「一郎」は、知識人として知識が豊富で考えることを繰り返しますが、行動に移すことができずに精神を病んでしまいます。その結果、妻を愛することができないだけでなく、妻に嫉妬し、弟を利用して妻の貞操を試すに至ります。「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まることを知らない科学は、かつて我々に止まる事を許してくれたことはない。」と語る一郎は、知識ばかりつけて頭でっかちになってしまいます。このことは100年以上経った現代にも通じるのではないでしょうか。学生生活や会社で、知識ばかりつけて楽しみも少ない人と、知識はないもののやりたいことを続けて楽しそうにしている人、どちらが幸せで、私はどのような人生を歩むべきなのか考えさせられる一冊でした。

400ページ以上ある本書ですが、読みやすくあっという間に読み終わってしまいました。なお、他者を拒む一郎は、後期三部作最終作の「こころ」の「先生」に繋がります。これまで読んできた夏目漱石の本ですが、次作の「こころ」でひと段落となるため、夏目漱石シリーズの集大成として楽しみにしています。

  • 本書を読んで得たもの

考えること悩むことは大事だが、その大事さは行動ありきである。行動が伴わない思考は、有限である人生では時間が勿体ない。